世間におけるお寺のイメージは色々あるかと思います。
ただその多くは、「自分の願いをかなえてもらう場所」「悩みを解決するところ」として参拝する人がほとんどではないでしょうか。
人生をより豊かにするため「健康・長寿」「学歴・名誉」「財産・裕福」にこだわる思いは誰しもがもっており、その望みをかなえるため努力し、悩みながら生活を送っているのが私たちです。
釈尊は、私たちが願っているこれらの望みをすべて満たした人生を送っておられましたが、それゆえに苦しみ、すべての生活を捨てて出家されました。
我々からすると信じられないことですが、欲望を満たしても幸せになれないことを、釈尊は身をもって経験し、そこで得た考え方や教えは今もなお多くの人の心を引き付けます。
現在、社会問題として取り上げられている宗教は、表向きは世間への貢献を謳っていますが、つき詰めてみれば自我の欲望を満たす教えであることがわかります。
以前はこのような実態は把握するのに時間がかかりましたが、SNSの発達により多くが認識できるようになり、ある意味では本来の仏教である浄土真宗の教えが、より正確に伝わる時代へと変化し、多くの人に真実を学んでいただく機会を得ております。
歴史的な面もありますが、近年は社会情勢に疎く、動きが緩慢な
浄土真宗の教団ですが、1軒1軒をみてみると、個性的でセンスのある活動をしているお寺もたくさんあり、見通しは明るいと思い
ます。
私自身もまだまだ無駄な動きが多く、浪費を重ねることもありますが、皆さんに知っていただきたいこの教えを、次の世代へ受けつがれるよう、心のふれあう場として佛照寺を相続していきます。
合掌