いのちあるものは、必ず老いて、病になり、死ななければなりません。
頭ではわかっていても、大切な人、身近な人を失ったときは
悲しみ、さみしさ、後悔などさまざまな思いがこみ上げてくるでしょう。
死んで終わりではなく、浄土に生まれ仏とならせていただくのが阿弥陀さまの救い。
先にゆかれた方を偲ぶとともに、遺された方々が阿弥陀さまの救いにであうご縁にしていただきたい。
そんな思いを胸に、心をこめてお勤めさせていただきます。
ともに、お念仏申しましょう。
◇臨終勤行
・人生の終焉に臨み、「命」あるうちに仏さまに御礼を申しあげるお勤めですが、実際には難しく本人の代わりに僧侶が読経をします。一般には「枕経」とも言われますが、正式には「臨終勤行」といい、ご遺体に対してではなく、阿弥陀如来のご仏前にてお勤めします。
・ご遺体の頭は仏壇の方に向ける(必ずしも北枕にする必要はない)
・仏壇の扉は開ける
・線香は立てずに横にする
・水はお供えしない
・餓鬼飯ではなく仏飯をお供えする
◇通夜
・葬儀の前夜に、遺族や友人・知人など苦楽を共にした人が集い、故人を偲びお勤めをします。
また、その死を他人事とせず、自身の問題として仏さまのみ教えにふれる機会でもあります。
・一晩中蝋燭の灯りや、線香(煙)を絶やしてはいけないという習慣もありますが、迷信であり、お勤めや、弔問に来た人が読経や合掌する際に灯りをつけ、お香を供えます。
◇葬儀・還骨
・葬送することをご縁として、故人を偲びつつ、仏さまのお徳を讃嘆させていただく儀式。
尚、読経は亡くなった人に向けて行われるのではなく、私たちのために行うものです。
また、火葬後に還骨勤行をお勤めしますが、この勤行は、ご遺骨となり、自らの命を以って人生の無常を教えてくださった故人に感謝する法要です。
・通夜や葬儀において、「清め塩」を使用する習慣がありますが、仏教では故人は穢れではなく、
仏さまという尊い存在と説くため、清めの塩は必要ありません。
◇中陰
・故人が往生されてから49日の間、1週間ごとにお勤めする法要(初七日~七七日)で、
七七日目の法要を、中陰が満ちるということから、満中陰(四十九日)といいます。
また、中陰法要は追善供養ではなく、私たちが仏縁を深めるために故人が用意してくれた期間であり、遺族がご縁のある方と故人との思い出を語り、死を受け入れていく大切な期間です。
・初七日~六七日までは「月忌参り」と同じ程度のお勤めとなり、満中陰は約一時間の「法事」になります。
・中陰が3ヵ月にまたがってはいけないと言われる方もいますが、これは「四十九」を「始終苦」と、「三月」を「身付き」と読み、2つを合わせて、「始終苦しみが身につく」という語呂合わせからきているもので、全く意味のない迷信です。
・中陰期間は「慶祝行事」への参加や、「旅行・行楽」は遠慮するという習慣もありますが、仏教にはありません。ただし、逸脱した行為や、羽目を外すことをしてはいけませんが、遺族の慶びは仏さまへの慶びでもあるため、節度を保って行うことに関しては問題ありません。